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空海(弘法大師)が登った木

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以前から「空海」という人物に非常に興味を持ち、これまで本を読んだりビデオを見たり・・・高野山にも一人旅をしてきました。

今回は以前から一度は行ってみたかった空海が生まれた聖地、香川県の「善通寺」を訪ねてきました。

善通寺[18]Thumbnail

【瀬戸大橋を渡って香川県へ・・・】

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空海の幼少の名は「真魚(まお)」。讃岐の佐伯家に生まれ、幼い頃から聡明で周りから神童と呼ばれた空海は、庭にあった楠によく登って遊んだとい伝えられています。今はこの楠があった佐伯家の跡に善通寺が建立されています。

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【空海が幼少の時に登って遊んだという大楠】

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【近づくと樹齢千数百年の堂々とした風格】

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天才と言われた空海は18歳で奈良の僧の大学に進みますが、勉学だけでは仏の道を極められないと、山林での修行の道に入ます。野山を駆け回り、土佐の洞窟の中で読経をしている時、突然、空海の口の中に天からの明星が入り、空海は悟りを開いたと言われています。
この時、洞窟の中から見えた外の景色の上半分が「空」、下半分が「海」だったので名を「空海」としたそうです。

善通寺[21]Thumbnail

【善通寺の境内にある五重塔】

空海は修行僧の身で遣唐使として中国の長安に渡ります。密教の最高僧である青龍寺の「恵果」は、まだ無名の空海に「お前がここに来るのを心待ちに待っていた」と言って大日如来と結縁した空海に、この世で最上の者を表す「遍照金剛(へんじょうこんごう)」の名を与えます。空海は天才的なスピードで密教を習得し、恵果から密教の経典・法具のすべてを授かり日本に持ち帰ります。

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【山門には遍照金剛の文字が・・・】

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「弘法、筆を選ばず」という諺の通り、空海は長安一の書の達人としても有名でしたが、薬学や土木技術などの分野においても天才的な能力でその多くを学んで日本に帰ってきます。

讃岐平野の「満濃池」には龍神が住むと言われ、毎年のように洪水で庶民を苦しめていました。空海はこの満濃池の大改修を行いますが、この工事はいまのアーチ式ダムと同じ形状で、現在でも力学的に理にかなった非常に優れたものだと言われています。

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【この日の満濃池は小雨で幻想的であった】

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【左手の小島で空海が護摩を焚いて龍神を鎮めたと言われている】

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